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第3話 昭和の朝

作者: 天咲琴乃
last update 公開日: 2026-08-04 20:59:31

「……消えた。」

りひとは廊下を見回した。

さっきまで確かに立っていた白いワンピースの少女は、跡形もなく姿を消していた。

「誰も……いない。」

廊下には古いランプが灯るだけ。

静まり返った空気が、二人を包み込む。

「見間違い、かな。」

そう口にしたものの、りひとの表情にもわずかな緊張が浮かんでいた。

「今日はもう寝よう。」

「……うん。」

布団へ戻ったいのりは、なかなか眠れなかった。

少女の微笑みが頭から離れない。

それは恐怖というより、どこか寂しそうな笑顔だった。

気づけば、いつの間にか眠りに落ちていた。

翌朝。

小鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。

「朝かぁ……。」

いのりはカーテンを開けた。

「え……?」

思わず息をのむ。

昨日まで駐車場に並んでいたはずの車が一台もない。

アスファルトだった道路は砂利道へ変わり、電柱も電線も姿を消していた。

湖畔には木造の小舟が静かに揺れている。

「りひと!」

「どうした?」

「外がおかしい!」

慌てて窓へ駆け寄ったりひとも、言葉を失った。

「……なんだ、これ。」

昨日とはまるで違う景色。

まるで何十年も昔へ迷い込んだようだった。

「ニュースを見よう。」

りひとはテレビの電源を入れる。

ガチャッ……

砂嵐が映ったあと、白黒映像が流れ始めた。

『本日のニュースをお伝えします――』

画面の右上に映る日付。

**昭和四十七年七月二十二日。**

「……昭和?」

いのりは呆然と呟く。

「そんなわけ……。」

りひとは新聞を手に取る。

そこにも同じ日付が印刷されていた。

「全部……昭和になってる。」

スマートフォンを確認する。

圏外。

Wi-Fiもない。

インターネットにも繋がらない。

「夢……?」

いのりは自分の頬をつねる。

「痛っ。」

夢ではない。

確かな痛みが残る。

「とにかく外へ出よう。」

二人は急いで着替え、ロビーへ向かった。

昨日と変わらぬ笑顔でオーナーが立っている。

「おはようございます。」

「あの……外がおかしいんです!」

いのりが必死に訴える。

しかしオーナーは不思議そうに首をかしげた。

「何がおかしいのでしょう。」

「今日は令和八年ですよね?」

その瞬間。

オーナーの笑顔がふっと消えた。

「令和……?」

聞き慣れない言葉を聞いたような表情だった。

「お嬢さん。」

静かに告げる。

「今日は昭和四十七年七月二十二日です。」

「そんなはずありません!」

「信じられないのでしたら、村をご覧になるとよろしいでしょう。」

オーナーはそれ以上何も言わなかった。

二人は顔を見合わせ、ペンションを飛び出す。

朝日に照らされた星糖村。

行き交う人々は、どこか懐かしい服装をしていた。

商店の看板。

走る古い軽トラック。

自転車に乗る学生。

どこを見ても、現代の景色ではない。

そして、一人の少女が二人の前で立ち止まる。

白いワンピースではない。

紺色のワンピースに麦わら帽子。

透き通るような笑顔で言った。

「ねぇ。」

「あなたたち、旅の人でしょう?」

その声を聞いた瞬間。

いのりの胸が大きく高鳴った。

夢の中で何度も聞いたことがあるような、不思議と懐かしい声だった。

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